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	<title>衆議院議員　赤松正雄</title>
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	<description>赤松正雄のブログ／赤松正雄の読書録ブログ</description>
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		<title>何でも食べてやろう―小田実の後継者現る</title>
		<description><![CDATA[　小田実の『何でも見てやろう』から約半世紀、とてつもない後継者が現れた。中村安希『インパラの朝』。著者は男性ではなく、若い女性だ。女の一人旅。しかもユーラシアからアフリカ大陸へと、一年半（６８４日）もかけて４７カ国を。出国する時は２６歳。なかなかチャーミング。若干、ボーイッシュな風貌ではあるが。途中、襲われもせずに、よくぞ無事で帰ってこれたものよ、と。読む側が妙に疲れた。 　出発にあたっての文章―「果物ナイフや針金と一緒に、ミッキーマウスのプリントがついた覆面も忍ばせた。そして、ジムで鍛えた両腕に四本の予防注射を打ち、体重を三キロ増やして日本を離れた」。他に持ち物は、三日分の着替えとチョコラＢＢ、口紅とアイシャドウ…と続く。 　この本を勧めてくれたのは、上智大学生時代に我が事務所のお手伝いをしてくれた女性。彼女は今外務省に勤める。尤も、男の赤ちゃんを授かって、今は産休の最中。正確には、彼女の母親が面白いと絶賛するのでというのが、私に勧めてくれた理由。 　これまで国会議員として十数ヶ国を訪問したものの、殆どが先進国家、その上およそ上っ面をなぜただけの駆け足訪問しかしていない。しかも行く先々でお世話をしてくれる人々がいる、いわば大名旅行。彼女の場合は二年足らずで１８０万円。無銭ではないものの、「貧乏旅行」だ。 　至る所で啖呵を切る。向こう意気は相当に強い。本当に女性？と思う場面も多い。ジンバブエでのこと。「その時だった。若い大きな五人の男たちが私たちを取り囲み」云々の下りで、すっかり、とうとうという気持ちになったが、運良く乗り切る。また、ブルキナッファソでのこと。「煮豆は奇妙な味だった。土の味しかしなかった。私の舌と胃袋は、料理を前に縮みあがった」。このあとに続く場面では、言いようもしれぬ感動が湧く。 　ハラハラどきどきばかりではない。アフリカの大地と人々への限りない愛着、畏敬の念の発露も。インパラがいる風景がその頂点だ。さらに現代世界の富と貧困を根底から考えさせられる材料をしっかりと提供してくれる。 　この本のあと、ノンフィクション作家としての第一作は、国会議員へのインタビューだという。読みたくない。読まずとも中身は分かる。それよりもその次の作品「食べる」の方に興味が。ともあれ、この娘の親の顔が見てみたい。]]></description>
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		<title>武器輸出の共同開発を急ぐ不見識を追及《２月３日》</title>
		<description><![CDATA[　兵庫県たつの市の西田正則市長がやってきた。皮革産業をめぐる市の対応への支援要請のためだ。この人は、元兵庫県教育次長で、県の教育界のドン的存在。酒豪で様々な伝説の持ち主。私とも永年の付き合いで、妙に気が合う。この日も世事万般に亘って話題に。楽しいひと時であった。（月曜日） 　国会審議は、翌日からの第四次補正予算案の審議入りを前に、外交に関する集中審議が行われた。前国会で積み残されていたものを処理しようということから開かれた。午前と午後に分けて、衆参両院で３時間づつ（ＮＨＫＴＶで放映）。衆院は私が党を代表し３５分間質問に立った。取り上げた主たるテーマは、武器輸出三原則等の見直し問題。日本の憲法９条の精神に基づく国是とも言うべき原則をいとも簡単に変えてしまおうとする民主党野田政権の危険性を指摘した。拙速ではないかとの私の追及にも、そうではないと強弁。事前に審査するなど厳格な管理をするので、歯止めなき第三国移転など心配に当たらないと逃げた。 　私は、民主党のこれまでの外交姿勢からして信用出来ないと、具体例をあげて糾弾した。こういった点からして、今交渉入りを目指し進めつつあるＴＰＰについても、およそ期待できないとの指摘も合わせて行った。共同開発の名のもとで、武器を輸出するなどということに血道をあげるのではなく、再生可能エネルギー（新エネルギー）の共同開発などにこそ取り組むべきだとも主張した。 　質問終了後に、北海道の無党派だと称する人から、絶賛の電話をいただいたり、地元のバス会社の社長から全く共感する、よくぞ言ってくれたとの伝言を頂いた。（火曜日） 　週半ばであるが、地元飾磨支部の党員大会に出席するため三時前の新幹線で姫路へ。１００人程の皆さんと懇談的に。私は民主党政権が　１）社会保障と税の一体化という名の下に、増税を押し付けようとしている　２）一票の格差是正の名の下に、比例区定数の削減を画策しているなどの点を糾弾し、公明党の取り組みの現状を訴えた（水曜日）。 　早朝６時４５分ののぞみで上京するも、米原―名古屋間の猛吹雪のため約５０分ほど遅れ、党中央幹事会に間に合わず。午後からは、両院議員団会議に出たあと「成年後見制度」や「ハーグ条約」をめぐってＰＴなどで意見交換をした（木曜日）。]]></description>
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		<title>少年の主張ならぬ少女の弁論を聴いて《１月３０日》</title>
		<description><![CDATA[　衆議院での国会論戦の二日目は金曜日。トップバッターは公明党の井上義久幹事長。私と彼が初めて会ったのは４２年程も前。公明新聞の一年私の後輩になる。栴檀は双葉より芳しで、当時から沈着冷静、大局観に立ったものの見方をする大人だった。野田首相は井上幹事長からの質問時間を上回る丁寧な答弁ぶり。ただし、言葉の数が多いだけで中身は殆ど官僚の作った心の通わないものばかり。３時間を優に超えるやりとりを、ほぼ一人でこなす首相も大変な体力勝負だ。あとの閣僚たちは座って聴いているだけ（私を含め全ての代議士も同じだが）。次々替わる打者に立ち向かう投手のようだ。 　土曜日は、朝早く東京を立ち、神戸へ。かねて懇意にしている西宮在住の牧田葉子さんが主宰する「恕葉会グリーンサークル」が開くチャリテイコンサート・ランチョンパーティーに参加するためだ。毎年恒例になっており、今年のテーマは、追悼の祈りと大震災義援。箏曲、舞踊、尺八、唄など多彩な芸が牧田さんの仲間達によって披露される。牧田さんは、今までも様々な義援活動をされてきており、ただただ頭が下がる。兵庫の誇りだ。こちらの時間がなく早々に失礼をした。ゆとりがあれば、庶民の芸術文化にかける熱意と義援の重要性を宣揚する挨拶をするつもりであったのだが…。 　昼過ぎから、今度は姫路で「少年の主張姫路市中央大会」が開かれた。こちらの方は、かつて仲人をした後輩の娘さんが出場するために応援を兼ねて、出かけた。 　少年の主張は、全部で１５人の中学生たちが約５分間ほどのスピーチを述べるもので、いわゆる弁論大会である。中学校生活に題材をとった人から、「歪んだ政策と向き合う」といったタイトルで人種差別を取り上げた人まで、幅広い中身ではあった。ただ、少年と銘打ちながらも、男子生徒の影は薄く、僅か二人だけだったのは淋しい。これでは少女の主張大会だ。“女高男低”とも言うべき現象だが、思えば、そういうテーマに切り込むような主張を男女双方から聴きたかった。 　日曜日は、民俗学の魁・柳田国男の生誕の地福崎町へ。富田町議と一緒に挨拶回りを。先の町長選挙の後始末も兼ねて、連合町内会長や元教育長らを始め地域の名士宅も。この人は実に面倒見がいい人で、随所で絶賛されていた。こういう議員はそうザラにはいなく、得難い人と深く感心した。]]></description>
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		<title>北朝鮮の“未来の指導者”の告白記</title>
		<description><![CDATA[　隣国に住む罪なき外国人を国家として拉致したり、軍事力を増強させ続け、核開発にも余念がない。それでいて餓死者が続出するほどの食糧難に喘いでいる―まさに得体の知れぬ国が北朝鮮である。その国の指導者が亡くなって、後を継いだのが息子。人類史上稀に見る三代続く権力の世襲だ。この国の人々が何を考え、どう生きようとしているのか。まさに知りたいことが分からない。そこへ、指導者の長男がすべてを告白したと思われる本が出た。というのでは、売れない訳がない。 　五味洋治『父・金正日と私 金正男独占告白』がその本だ。著者と私の関係は古い。私が党広報局長をしていた頃、東京新聞の公明党番記者だった。もう１５年程前のことになる。しばらく見ないと思っていたら、韓国延世大学に語学留学し、ソウル支局を経て中国総局に勤務。主に朝鮮半島情勢を取材してきたという。３０歳代半ばだった当時の彼は、どちらかといえば、大人しいタイプの記者で、目立たない存在であったように記憶する。その彼が、故金正日氏の長男・金正男氏との独占インタビューに成功し、電子メールのやり取り１５０通分を本にまとめたというから凄い。 　一読してなぜ、この二人がこれほど親しくなったのかが分からない。気があったのだろうが、金正男氏の方にも五味記者を通じて最小限の情報を流すメリットを感じたのだろう。複数の記者と付き合いながら、最終的に五味記者だけが琴線に触れたに違いない。 　それにしても正男氏が普通の感性の持ち主ということに驚く。父親にあれこれ注文もしている。そして北朝鮮の体制批判や今の国のあり様を憂えている。極めて用心深く、抑制を効かしながら。暴露本だと思っているとがっかりする。いたって紳士的なのだ。金正男という人物は。人は見かけによらぬものということを、表紙に使われた顔写真をみながら改めて思う。 　五味氏は「正恩体制が破綻した際、思想的に中国に近い彼（正男氏）を平壌に送り込み、次期指導者に仕立て上げる目論見があるのだろう。中国が持つ最後の北朝鮮圧迫カードと言えよう」と結論づける。果たして、目論見通りにいくかどうか。読後感からすれば、難しいというのが実感だ。]]></description>
		<link>http://akamatsu.net/index.php/wp/2012/01/28/3359.html</link>
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		<title>解散含みの中、国会論戦始まる《１月２７日》</title>
		<description><![CDATA[　２４日の火曜日から第１８０回通常国会が開かれた。午後に政府四演説。野田総理の演説は、あれをやります、これをしますの羅列。およそ聞くに耐えない中身であった。終わって地元紙から感想を求められた。翌日の紙面に「日本が直面する危機に対処する決意や政治理念を聞きたかった。心が通わず、空虚な演説だった」と掲載され、見出しにも「空虚な演説」と使われていた。 　翌水曜日は、午前九時から正午まで、全省庁から今国会に提出予定の法案の中身について説明を受けた。１０本を超える法案、条約を出す内閣官房、外務省から、僅か１本の文部科学省まで色々。草川昭三議員の「３月以降はない、と言うのが自民党。こんなに出しても無駄に終わるぞ」との声や、坂口力代議士の「文部科学省はもっと積極的に取り組むべき」との指摘が印象に残る。文部科学省としては、予算を削られて、結局は３法案ほど断念せざるを得なかったと、弁解をしていた。 　午前１１時からは、超党派の議員からなる原発対策国民会議の五回目の会合が開かれた。自民党の村上誠一郎代議士が代表で、私が公明党の呼びかけ人。この日の会合では、東大先端科学技術研究センターの児玉龍彦教授を講師に迎えて、福島原発事故のその後について、政府や政治に対する怒りを込めた迫真の告発的講義があった。時に涙声での話はまさに肺腑を抉るもので、深い感銘を受けた。この人は、事故後の国会で「７万人が自宅を離れてさまよっているときに、国会は一体、何をやってるのですか」と叫んだ。改めて、その提案に真摯に立ち向かおうと、決意した。 　夜は、中嶋嶺雄先生（秋田国際教養大学学長）を中心とする学者、政治家による定例の勉強会があり、参加した。この日の参加者は１３人。いずれも名だたる学者と政治家（私は例外）ばかり。この日は、台湾総統選挙がテーマ。「今回の結果は残念だが仕方ない」（中嶋嶺雄先生）「４年後は必ず民進党が勝つ」（岡崎久彦氏）とのコメントが耳に残る。 　木曜日は、朝、宿舎で偶然にも細野豪志原発事故担当相に会ったので、児玉教授の話を伝え、同教授の提案についてどう取り組んできたかをまとめるべきだと示唆して置いた。午前中、中央幹事会があった後、午後からは、代表質問。自民党、民主党の３人が立った。谷垣禎一総裁の質問は切れ味鋭く聞き応えがあったが、細田博之氏の質問はいささかアドリブ過剰で風格に欠けた。]]></description>
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		<title>食べることの凄味を多角的に展開</title>
		<description><![CDATA[　日本経済新聞といえば、文化欄が充実していることも知られている。私などエンドページから読み出す。面白いコラムも数多あるが、「食あれば楽あり」は欠かせない。著者である小泉武夫さん(東京農大名誉教授)ほど食べるという行為を描かせて真に迫る表現を駆使する人を私は知らない。擬音語を縦横無尽に使いわけ、食欲をそそる手法を確立したのはこの人だけではないか。一度お顔を拝見するか、お声を聞いてみたいものと思っていたら実現した。新年からＮＨＫラジオ第二放送で始まっている『食べるということ　民族と食の文化』で。毎週日曜日の朝に聞いているが、まことに楽しく有意義だ。昨年末に同名のテキストを購入し、読んだ。改めて食べることの大切さを知り、食育の必要性、料理への探求の思いなどが高まってきた。 　この本を通じて知ったことの一つは、都道府県別に見た沖縄の男性の平均寿命が一位から二十五位に下がったことの原因が何かということ。アメリカの占領、統治下にあった期間が長く、伝統的な食生活が崩れてしまったことが大きいとみる。似通った気候風土にある奄美大島や徳之島が健康で長寿を保っているのに、沖縄がそうでなくなりつつあるのは米国風の食生活に侵されたからだ、と。伝統的な和食を食べ続けてきていれば、との指摘は、衝撃的な響きを持つ。女性は未だ一位であるが、やがて沈みだすとまで言い切る。沖縄県の人びとはどう聞いているだろうか。 　私のような戦後の食糧難時代に生まれ育ったものにとって、親の苦労が改めて思い知らされる。母親からお前は大豆で大きくなったとしばしば聞かされたものだ。その点でも日本人の知恵が生んだ大豆六大食品との下りは興味深い。味噌、醤油、豆腐、湯葉、高野豆腐、納豆を日本の食文化を大きく左右する六つの偉大な発明とまで規定している。 　このテキストを読み、今の日本人が伝統的な和食の持つ魅力を忘れてしまい、身元不明の食事に流されてしまっている危険性を思い知った。いつの日かに、男の手料理を学び、伝統的な和食を自らの手で、自ら食してみたいとの欲求に駆られている。]]></description>
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		<title>イランへの対応で米国の代表に率直な問いかけ《１月２４日》</title>
		<description><![CDATA[　通常国会の開会を前にした先週末も様々な動きをした。金曜日は、午前１１時半から一時間半、アメリカ大使館の近くにある東京アメリカンセンターで、イランをめぐる状況についての意見交換の会があった。出席したのは日本側が民主党、自民党、公明党から６人の国会議員。米側が、ロバート・アインホーン国務省不拡散・軍縮担当顧問、ダニエル・グレーザー米国財務次官補と大使館のメンバー。冒頭アメリカ側から、イランの核をめぐる振る舞いについて、武力ではなく、外交交渉で解決をせねばならないが、外圧をかける必要があるので、イランからの原油輸入減など日本の協力をお願いしたいとの趣旨の話があった。民主、自民についでマイクを握った私は、第二次世界大戦後の国際社会における平和構築にむけてのアメリカの努力は評価するものの、その結果はマイナス面が多い。今回のケースも断じて武力攻撃などに発展するようなことになってはならない、とした上で　１）日本の役割に何を期待するか。米国の指示に従ってくれるだけでいいというのかどうか　２）中南米で反米の動きがみられるがどうか―について問うた。 　率直かつ不躾な質問で、あきらかにアイホーン氏は不快感を示したように思われた。だが、私としては核をめぐるトラブル処理における米国の対応が結局は世界を危機に陥れる危険性が高いことを指摘しておきたかった。 　土曜日は県本部で幹事会。日曜日は、朝１０時から午後４時までかけて姫路市内から神崎郡市川町と３０軒ほどの挨拶周りをした。 　月曜日は、朝８時過ぎ恒例の姫路駅南口での朝立ち街頭演説をやったあと、尼崎へ。故冬柴鐵三元公明党幹事長のお別れ会がアルカイックホールで開かれた。私は冒頭に実行委員長として、お越しいただいた皆様に御礼のご挨拶をした。 　およそ４千人ほどもの大勢の方々が続々とお越しいただいたが、冬柴さんのとてつもない大きな存在が迫ってきた。生前に教えをもっと請い、学ぶべきことが多くあったはず、との苦い思いと共に。]]></description>
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		<title>あの大震災から１７年。反省することのみ多かりき《１月２０日》</title>
		<description><![CDATA[　今年も１・１７がやってきたが、東日本大震災を経ての１７日の追悼式典は全くこれまでと意味合いが違った。去年までは、もうそろそろ、阪神淡路大震災から脱却をとの思いがない訳ではなかった。意識が風化しかけていたのだ。それが、３・１１で一気に吹き飛んだ。最前列に座って約１時間、改めて、大自然の脅威について、思いを馳せた。 　１７年間における総括として、ある評論家が、ラジオ番組で　１）被災自治体は、地域の復興に際して、住民の意見を無視して、長年の懸案だった行政のお仕着せ的建設計画を推し進めようとした　２）住宅被害など、私的財産を失った被災者への公的支援が国の反対でなかなか進まなかった　３）未だに被災者の全貌が明らかになっていない―といったような点をあげ、政治の対応の鈍さを批判していた。前二者は教訓となって、東日本大震災では顧みられていると思われる。阪神・淡路の被災地における被災者の実態については、早急に掴む必要があろう。 　１８日の夜は、姫路市出身の東京在住者による恒例の懇話会が開かれたので、今年も顔を出した。１００人を優に超える人々が参集されていた。国土交通省、厚生労働省、総務省、外務省、衆参両院の法制局などに勤務する国家公務員の面々を始め、企業のトップ、ジャーナリストらが多いように見受けられた。兵庫県の東京におけるアンテナショップ（土産ものなど物産販売）の事務局が姫路にあり、事務局長がこの日のために上京をしていた。彼と私は懇意なので、しっかりと皆に紹介をしておいた。兵庫県の物産を宣揚したいとの彼の心意気に感じて。 　１９日は、朝には党中央幹事会、昼過ぎから、政務調査会・部会長会議などがあった。また、内閣府及び日銀による月例経済報告があり、「景気は東日本大震災の影響により依然として厳しい状況にあるなかで、緩やかに持ち直している」との見方を聞いた。私は、貧富の差が拡大する傾向にある中で、景気の持ち直しが最前線の生活実態においてどのような意味を持つのかという点や、ＥＵをめぐる動向について評論家の間における相反する議論の実例を挙げながら、政府関係者の専門家としての意見を求めた。]]></description>
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		<title>橋下待望論の根拠となりうる「体制維新」論</title>
		<description><![CDATA[　先日の大阪府本部公明党の新春年賀会には橋下徹大阪市長が久方ぶりに出席し、大いに会場を湧かせた。市議会における自分の構想に市議会公明党が支援してくれれば、国政選挙にあたり公明党支援を維新の会として考えるとの、文字通りギブアンドテイクの提案だった。山口那津男公明党代表も市民の期待に応えることと相違なければ勿論異論はない。公衆の面前で維新の会と公明党の盟約が整った瞬間と誰しも受け止めた場面であった。 　橋下徹市長と堺屋太一元経企庁長官の共著『体制維新 大阪都』は昨年末に読んだ。この本が出た時から、市長選挙の勝負はあった、と思った。堺屋太一氏を応援団長にするということは百万の味方を得たに等しい。なかなかの戦略家だ。ただ、橋下氏の評判は至って落差がある。大阪府政を追って来たある新聞社のデスクに聴くと、橋下という人は府知事として何もかも中途半端で実現したものは何もない、いわば詐欺師に等しいとにべもない。また、ある市議会議員に訊いてもおよそ橋下という人物は信用が出来ぬと手厳しい。 　一方、この本を読んだある新聞社の論説のトップは「国であろうと地方であろうと、政治行政の仕組みすなわち体制、システムを変えるのは政治家にしかできません」―この指摘が現実感をもって迫ってくる、として、かくほどまでに明解なビジョンを述べた政治家は類例を見ない、見事だ、と絶賛をする。 　論理展開は、いささか冗長にすぎ、もう少し簡潔にして欲しいと思うが、迫力はある。中央の政治がこの２０年というもの、全くの先送りばかりで決断が何も下せてない状況が続いており、世に閉塞状況が満ち溢れている。自民党、民主党の両巨大政党の無力さが明白になった今こそ、この橋下氏のような問題設定力に期待感は一気に高まっている。 　先日も、市の労働組合の代表との会見を報じるテレビの場面を見たが、握手を拒否した行動は唸らせた。今日までの労組の体たらくはおよそ市民感覚を逆なでして余りある。これに一泡吹かせるだけでも拍手喝采は得られよう。 　尤も不幸にも大阪府知事としては、あまり完全に仕事はでき得なかっただけに、大阪市長も途中で投げ出したりせず、最後までやらせたい。国政への転出など考えずに。]]></description>
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		<title>民主党主導のＴＰＰには反対との態度表明《１月１６日》</title>
		<description><![CDATA[　新しい年の年賀会への出席が続いています。土曜日は、正午から姫路市内の介護施設の関係者（地元の自治会長、サポーター、家族会ら）など５０人ほどが集まっての恒例の新年会がありました。冒頭の来賓挨拶で、私は、食糧、エネルギー、介護の三つの分野が自給率向上の観点から、注目されている現状について、経済評論家の内橋克人さんが提唱しているＦＥＣ自給圏構想を紹介しつつ、とりわけ介護分野における課題について、見通しを述べました。いい話を述べたつもりでしたが、理屈が過ぎていたのかもしれません。あとで旧知の方から、今日の話はインパクトが弱い、年をとったのかなと、手厳しい批判を受けました。決して好い加減な話をしたわけではないのですが、受け止め方はいろいろです。 　宴の合間には、家族会の代表と懇談。この方は、６０歳を少し超えた方ですが、９３歳になる母親の介護のために、転職を余儀なくされたことの不幸を語ってくれました。つくづくと現代においては、親の介護が人の人生の幸不幸を決めるということを思わざるをえませんでした。かつては、戦争が人の人生を分断してきましたが、今では災害、あるいは介護がその役割を果たしているのです。 　夕刻には姫路市の歯科医師会の新年会に行き、挨拶をしました。ここでは、冒頭に会長からＴＰＰについての考え方を挨拶のなかで触れて欲しいと国会議員３人に注文がありました。民主党の松本剛明、山口壮の二人の代議士は、米国に取り込まれてしまうとの懸念は杞憂である、と縷々指摘していました。その後に立った私は、一言でいえば民主党主導のＴＰＰには反対だと述べ民主党批判に意を注ぎました。詳しくいえば、今の民主党の外交布陣ではアメリカと対等にわたり合えないと言いたかったわけですが、流石に前の外相、今の副大臣を前に露骨すぎるので、まぶした言い方になりました。その後も、二人についてはしっかり褒めつつ、政権党としての民主党の欠陥を盛大に叩きました。 　日曜日は午後から太子町を町会議員二人と三時間に２１軒ほど挨拶回りをしました。随所で懐かしい出会いがあり、皆さんから喜んでいただくことができました。]]></description>
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