子どもは授かるもんやで、作るもんとちゃうよ―亡母の言葉が今もなお耳に残る。20代半ばで結婚したものの、妻は流産すること数度。ようやく産まれた子どもが直ちに死んでしまったりと、なかなか子どもに恵まれなかった身としては、この表現が妙に落ちる。そんな思いを持つものからすれば、女性は子どもを生む機械などという表現は、信じられない。柳沢厚生労働相はとんでもないことを言われた。卓越した金融財政政策マンだとの評価が高い人物だと認識している。そういう人に限って、文学、歴史いや、人間そのものに対する認識がいびつではないか、と思ってしまう。
イラクへのアメリカの介入は、12年余にわたって続いていた湾岸戦争いらいの流れに決着をつけるために、国連決議に基づき行ったものであり、それ自体は正しいとか、間違っていたとかいう次元のものではない。間違ったのはその後の国づくりである―こうみている者として、久間防衛相の発言はおかしい。第一に、大量破壊兵器を核と決め付けていることに事実誤認がある。クルド人を大量に殺戮したサダム・フセインは、生物・化学兵器を使ったことが判明しており、そうした兵器は、あの米軍進攻のどさくさに処分したり、持ち逃げしたりすることも十分に可能だったのである。核兵器があったなどと誰も断定していない。その意味で、大量破壊兵器=核兵器が見つからなかったから、あの軍事行為を起こしたことはあやまりだったというとらえ方は不適切だ。久間氏の発言は個人的にせよ、なんにせよいささか筋違いである。彼は、伸縮自在の答弁力を持つ優秀な政治家と思うが、少し勇み足が過ぎないか。アメリカ特有の傲慢さに業を煮やす思いでおられるようだが、よく見極めて発言していただかないと、ご自身の一貫性は貫かれても、周りがいらぬ迷惑をこうむる。
どうもこの安倍内閣の閣僚は、優秀で器用と見られる人ほど、”身から出た錆び″が目立つ―本会議場での大臣席を見渡しながらそう思った。
Posted on 07.01.30 by AKAMATSU Masao
Filed under: 赤松正雄のブログ

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