江戸期の政治家(殿様)は偉かった。奥山を神聖な地域として、人間が入ることを許さなかった――日本熊森協会の森山まり子会長からかつて聞いたこの言葉が忘れられない。近代になって人間がどんどん奥山に入りこみ、クマの生息地を破壊してしまい、すみかもエサ場も失われてしまった。クマは仕方なく山の実りの少ない年には人里に出てこないと生きられない。作物への被害を避けるため、クマは人間による駆除の対象となり、今や絶滅の危機に直面している。
日本熊森協会の10周年を祝う総会が25日午後、尼崎市で開かれた。加古川市と神戸市とで街頭演説会に出席したあと、駆けつけることが出来た。
実は、私はこの会の顧問をさせていただいている。6年前、新春街頭演説会を三宮で行った際に、同じ場所でキャンペーン活動をしていた森山さんたちと出会ったのがきっかけ。この会の「森を残し、クマをはじめとする生物と共存しなければ人間も生き残れない」との理念に共鳴し、交流を深めた。クマの棲める森を保存するため、植樹したり凶作の年にはどんぐりを運んだりするなど、活発な運動を展開。10数人で兵庫からほそぼそと始まったこの活動も、10年を経て全国各地に9支部1万人にまで成長。これから全都道府県に支部を拡大し、100万人の会員獲得へと活動の輪を広げ、日本最大の自然保護団体にすると意気込んでいる。
最後にあいさつに立った企画推進局長の瀬戸悠子さんは「どんなにこの会が大きく発展していっても、最初の信念を忘れてはいけないと思います」と原点回帰の必要性を強調していたのが印象的であった。
以前に、森山さんや瀬戸さんたちと一緒に兵庫・宍粟市の千種町と岡山県境にあるブナ林と、人工針葉樹林の双方を見る機会をもったことがある。ブナ林のなかでは明るく下草もいっぱい繁茂していた。これに比し、人工林は暗く、下草は殆ど消滅していた。雨が降ると、前者はしっかりと森の地面に保水され、後者では保水力もなく、山崩れや洪水などの原因になる。こうした対象的な実態を目のあたりにし、この運動の重要性を知るに至った。
以後、国会でも幾度か質問にとりあげ、環境行政に注文をつけている。ただ、なかなか理解が進まず、森山さんたちこの会のメンバーに歯がゆい思いをさせているのは残念である。
Posted on 07.03.25 by AKAMATSU Masao
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