日本の今に生きる知の巨人―この名に相応しい人は少なからずいるが、私と世代が近く、そのうえ面識がある人となると、限られてくる。中東史の碩学・山内昌之東京大学教授こそ相応しいと思う。かねてその著作を読むにつけ、一度お会いしたいものとの念願をしていたが、実現した。その際に、直接頂いたのが「歴史学の名著30」と「歴史と外交」の2冊。共に激しい知的刺激を受けた。簡単には読めない、どちらかといえば難しい本だが、努力して登攀するだけの価値はある。
前者は、いかに歴史学の名著と呼ばれるものと無縁であったかを思い知らされた。宮崎市定「科挙」を紹介するなかで、「科挙を受ける男子は、数えの五歳くらいから勉強を始める。『ゆとり』などと寝ぼけたことを言う現代日本人のような甘っちょろいものではない」として、凄まじいまでの中国の官吏登用の試験制度について明かす。山内さんは「『科挙』ほど面白い歴史書はない。これは一度読んだら途中で止められない書物である。(中略)これほど魅力的なものは少ないのではないか」とまで。こうまで言われて逃すわけにはいかない。それにしても、同世代から「当時の若者の間で、宮崎の『科挙』を読むことが流行った」と指摘されて、赤面するしかないのは辛い。
山内教授との対話の中で、私は聞きかじり、読みさしの知識であれこれと喋った。例えば、「アラビアのロレンス」をめぐってのかの映画のラストシーンでピーター・オトゥールが「アッカァバー!」と呼号する場面、また、ロレンス自身が男色であったとされていることなどを。後で、本を読んで恥じ入るのみ。ロレンス「知恵の七柱」を取り上げ、「ゲリラ戦争の実践者として世界史に名を残しただけではなく、(中略)二十世紀の生んだ複雑かつ不思議な個性を持つ人物なのである」等と多角的に深く描いているからだ。
付録も加えて32冊の名著のなかで、まともに読んだと言える本は、全くない。辛うじてさすったといえるのが、マックスヴェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」、チャーチルの「第二次世界大戦」ぐらい。どうしようか。
(つづく)
Posted on 07.04.27 by AKAMATSU Masao
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