相手の心揺るがす我が声の力に祈る思い込め

 携帯電話の爆発的な普及によって通常の家庭の電話を使う頻度はぐっと低くなった。それでも選挙事務所などから支援のお願いをする際の電話は、まだまだ携帯というわけにはいかないものと思われる。今週初めの三日間は、友人が教えてくれた知人・友人リストに従って支持依頼の電話をそれぞれの家にかけてみた。友人がそれぞれの相手に全部私からの依頼である旨を伝えてくれていたものとみえ、大半は丁寧な応対でまことに気持ちよかった。思わず「彼とはどういうご関係ですか」と訊く。「小・中以来の腐れ縁でね」との答え。「大学からの友人で」と私。「本当にいい奴ですよね」「そう、全く」という風に会話が弾む。尤も、選挙の依頼については、「いい候補で、きっとお役にたてるはずです」というのが精一杯。短い時間であれこれとはいえない。先方も「分かりました」といわれるだけ。確かな手ごたえから確信するほかない。こうした会話を通じて日頃の人間関係の構築というものの大切さを改めて実感する。

 留守の相手にはつい留守電に声を入れてしまったが、果たして後で先方が聞かれて、どういう思いをされるか。聞き慣れない声で、「紹介を頂いたものですが、この度の参議院選挙では公明党の候補に是非ご支援いただけますようにお願いいたします」との録音を聴いて、はい分かりました、というようになるかどうかは確信がもてない。ただ、せっかくかけたがゆえに、なにがしかの証拠を残したいと思ってしまう。

 我が声に至らなさがなきよう祈る思いではある。

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