久方ぶりに皇居周辺を早朝6時過ぎに2周走った。爽快このうえない。歩き・走るという行為は人間の身体にとって原点であり、原初的な営みだとつくづく思う。ところで、今回の参院選挙で紛れもない敗退を喫したことから、原点に立ち返ろうとの言葉を聞いたり、また口にする。この場合の原点とは何か。改めて確認したい。
公明党にとっての原点は、どこまでも庶民大衆の側に立つということに尽きる。訪問・対話活動も公明新聞の拡大もすべてそのためだ。尤も、漫然とそれをしているだけでは選挙という壮絶な戦いに勝てない。
選挙戦を仮に戦争に喩えてみる。一対一の白兵戦的対話活動に始まり、合従連衡の意味合いを持つ拡大対策。また空中戦や海上艦艇戦としての政策やこれまでの実績。更にはミサイル攻防とでもいうべき情報イメージ戦略。このすべてに勝たないと最終的勝利はえられない。とりわけ最後の戦略が大事で、それ以外のことでことたれりとするのは勘違いではないか。
つまり、肉弾相打つ現場で一所懸命に戦っていても、日々電波による情報戦において決定的な負のイメージが植えつけられ、それを拭えないなら、すべては水泡に帰す。その意味で、新たな段階にむけ、今必要なことは、精神論を喚起するだけではなく、少々の逆風にも吹き飛ばされない強固な地力を身につけることである。その際にすでに公表されているマニフェストに加えて、私は公明党らしい物語が必要だと思う。具体的には三つある。一つは政権交替可能な時代における第三の勢力の位置づけ。二つは、自立・自助の時代における弱者救済の方向性。三つは、国際テロ時代における平和主義のあり方。順次考えてみたい。
Posted on 07.08.24 by AKAMATSU Masao
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