敬老会で満州国演義をつい思い起こす

 「満州事変の前後のことが手に取るように分かるよ、凄い」との先輩の一言にすっかりはまって、八月から九月にかけて少しづつ、船戸与一『風の払暁―満州国演義1』と『事変の夜―満州国演義2』の二冊を読み、このほどようやく終わった。改めてあの大戦に至るまでの狂ったかのごとき日本人の存念のようなものが伝わってくる。あんな時代がつい70~80年ほど前にあったのだということが信じられない思いで、敬老会の式典に集まられた人々を前にした。

 船戸与一さんのものはかつて『風のクロニクル』『虹の谷の五月』などいろいろと手を出したものだが、このところご無沙汰だった。この演義からは、巻末に掲げられた膨大な資料を読み込んだ上での壮大な創造力が読み取れる。物語は西暦1928年、昭和3年の満州の大地で馬を駆る馬賊の頭領・敷島次郎を追うところから幕を明ける。長兄の太郎が外交官、三郎が軍人、四郎が左翼学生といった四人の兄弟を軸にして次々と展開される話はまことにスケールがでかい。大和、朝鮮、漢、満州、蒙古のいわゆる五つの民族を一緒にして王道国家を作ろうなどということを真面目に考えていた頃の日本人がまるで異邦人のごとくに映る。馬賊については、私がかつてほんの少しの期間所属していた天風会の創設者・中村三郎天風氏(馬賊をされていたという)のことを高弟から直接聞いたり、かの石光真清氏が手記四部作(『城下の人』『曠野の花』『望郷の歌』『誰のために』)で描ききったもので読んだりしたことがあり、妙なことだが懐かしい。それにしても巻頭に慶應4年4月とのタイトルで、二頁半の会津戌辰戦史から発想を得たと思われる場面はまことに印象深い。これの位置づけを思うとき、この満州国演義は相当に長く続くに違いないものと思われる。

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