小説や映画の一場面をひいて、難しい議論を説明されると、それだけで分かった気になってしまう。ましてや村上春樹の『ノルウェイの森』をいきなり紹介するところから書き出されているとあっては、読まないわけにはいかない。外交フォーラム2月号の村田晃嗣同志社大教授の「読書案内」で知って飛び付いた。細谷雄一『外交』である。
確かに外交を理解するためにはこれ以上ないと言ってもいいほど分かりやすくときほぐされている。歴史的に評価の高いニコルソンやキッシンジャーと同名の3冊目の『外交』が、前二者に並ぶできばえであることは認める。しかし、冒頭の記述から小説をふんだんに引用してあるものと、勝手に期待したむきにはいささか拍子ぬけ。その後は映画どころか小説の一端もでてこないのは残念というほかない。本来が大学での教科書として使われるもののようだから仕方ないのだろうが、少々惜しまれる。
若い学究による外交の手引書であれば、抑制されるのは仕方ないにせよ、外交実務の周辺にいるものとしてはもっと刺激を、と思いたくなる。日本外交の歴史に比し、昨今の停滞ぶりは嘆かわしい。輝やかしい伝統をもつ日本外交への期待感で結ばれているが、ここいらは是非とも佐藤優の指摘を持ってきてほしいと望むのは”禁じられた遊び″だろうか。
3年前の3月『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』から昨年12月の『国家論 日本社会をどう強化するか』に至る10冊にはまってしまった(刊行されているのは共著も含め22冊)身としてはバランスをつい欠いてしまうのは我ながら気恥ずかしい。あたかも岩窟王のごとく、出獄いらい復讐の念に燃えての”口撃”にはついつい肩に力が入る。
(つづく)
Posted on 08.01.22 by AKAMATSU Masao
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