一人の作家に嵌るかどうかというのはつくづく何から入るかだと思う。気になっていながら、この人のものを敬遠してきたことを恥じ入る。随分と前に『日本のたくみ』を読みかけたのだが・・・。先だって、福田和也氏の「もう話せないくらいスゴイ人なのです」との評(『悪の読書術』)を読み、白洲正子の『自伝』と『いまなぜ青山二郎なのか』を立て続けに読んだ。須賀敦子や塩野七生といった「イタリア風」に慣れ親しんできた身にとって、「大和撫子」は一層新鮮に映る。続いて桜花爛漫の季節に『西行』をひもとくことにあいなった。1946年憲法との関わりが深い夫君の白洲次郎のものもそのうちに、と白洲浸りが続きそうだ。
昭和20年姫路生まれで慶大卒―私と経歴の上っ面が似た作家・車谷長吉の『業柱抱き』から転載された巻末の解説も凄い。「凡百の粗末な生に終始する人が大半であって、白洲正子ほどに人の生死の豊饒と静寂を汲み尽くし得た人は稀れである」と。なんといっても冒頭の「祖父・樺山資紀」における薩摩隼人の佇まいには圧倒される。今、”ほんもの”がいないと見えて、出版界では「品格」ものばやりであるが、この『自伝』をまずは薦めたい。
「美を呑みつくしたような生き方をした青山二郎」は、「俺は日本の文化を生きている」が口癖だったという。昭和から平成へと幕が明けたばかりに白洲さんは、「青山二郎」を書いた。あれから約20年が経ち、あらゆる分野で日本の劣化が続く―そして今、日本の文化を見直せ、日本の美の再発見をとの声が、私の耳にはこだまのごとく響く。我が亡き父と同年の明治43年(1910年)生まれの白洲正子逝きてちょうど10年。明後年は生誕100年になる。輝きはこれから一段と拍車がかかりそうで、遅参のゆえに呼吸を整えたい。
Posted on 08.04.10 by AKAMATSU Masao
Filed under: 赤松正雄の読書録ブログ

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