参院から送付されてきたいわゆる後期高齢者医療制度の廃止法案について、12日に、衆院本会議で趣旨説明がなされ、質疑が行われる予定となっていました。そこでは、私が公明党を代表して質問に立つことになっていたのですが、共産党をのぞく野党三党が欠席してしまったため、できなくなってしまいました。
ここでは、まぼろしの質問のうち、総論部分を掲載します。
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冒頭私事にわたり恐縮ですが、一昨日兄弟のように思っていた一つ違いの従兄弟が大腸ガンが肝臓に転移して亡くなりました。64歳でした。コンクリートの強度の研究で博士号を取得した男でした。医師の診たてでは余命半年とされたものを一年半延ばしての見事な生と死でした。最後の一年半は、すべて自宅で普通に近い生活態度で過ごしました。このことは、家族がガンの告知を躊躇し悩み相談してきたのを説得し、知らせた私として、とりわけ感慨深いものがありました。
4月から始まった長寿医療制度は、高齢者医療が抱える様々な問題を解決するため、長年に渡って多くの関係者が議論を積み重ねたうえで導入された制度です。簡潔にその骨格をいえば、ひとりがひとりを診るシステムを確立させるなかで、病院治療から在宅治療への流れを定着させるといった給付面での改革を掲げる一方、負担面では従来の大きく言っての三つの不公平を改善する狙いを持たせた内容です。具体的には、世代間の公平、世代内の公平、そして地域間の公平です。これまでの老人保健制度の持つ欠陥を相当程度に直す画期的なものだと自負しています。その思想を一言でいえば、迫りくる老いに対し、自立の姿勢を確立したうえで、皆で支えあう仕組みを作るというものです。これからの長いさきを見通し、高齢者医療に対しての理想を掲げ着実に現実に対応しようとしたものですが、姥捨て山にするのか、老人は死ねというのか、などと言ったあまりに感情に走った反対論が横行しているのはまことに残念です。ならば、つい孫捨て川にするのかとか、人間は死なないのかなどと感情レベルでの反論がでてしまいかねません。
4月からの制度導入後、保険証が手元に届かなかったり、保険料の徴収ミスが起きるなど、悪夢を思い出させる不手際の再来とともに、負担が増えた方々や保険料の年金からの天引き批判など、高齢者のこころのひだに分け入った配慮がたらず、説明や万全な準備が不足したことは率直に認め、おおいなる反省が求められています。いま懸命に与党プロジェクトで運用改善に向けての対応に全力をあげているのは、まさにそのためなのです。
しかし、この新しい制度が目指す方向は、今後の日本が直面する高齢社会を見据え、給付と負担の両面から改善、改革をしようというもので、かつての老人保健制度に比べ大きく前進したものだといえます。それゆえ制度そのものを廃止しようという今回の野党提出の法案は不可解であり、理解にくるしむというしかありません。
Posted on 08.06.12 by AKAMATSU Masao
Filed under: 赤松正雄のブログ

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