国民総生産(GNP=グロス・ナショナル・プロダクト)から国民総幸福(GNH=グロス・ナショナル・ハッピーネス)へ。ブータンの国王が主張する、「国民総幸福」との理念を知ったのは不覚にも最近のこと。東京大名誉教授の月尾嘉男氏の、「すべてに劣化する日本は、これまでの国家目標を変えるべきで、その場合ブータンのケースが参考に」といった内容の講演で、だ。早速、今枝由郎『ブータンに魅せられて』を読んだ。「私が国民総幸福という言葉で意図したことは、人生の充足ということである。充足とは、ある目的に向かって努力する時、そしてそれが達成された時に、誰もが感じることである。この充足感を持てることが、人間にとってもっとも大切なことである」―第4代ブータン国王のこの言葉は、人口約60万人の、秘境ともいうべき山岳地域にあるチベット仏教国ならではのものだろう。国王と親交のある今枝さんのこの国とのかかわりを追う試みは、まことに興味尽きず、たちまち惹き込まれていった。あたかも探検記を読むかのごとく。「ヒマラヤが聳え、雨雪が降り、森林が茂る限り、わが国は安泰であり、政府はそうあるように努める」との国家の方針は、自然環境の保護、自然資源の活用の面で世界の模範例とされており、豊富な自然環境の危機が叫ばれる日本としては見習いたい。
問題はこれからである。近代化・開発・発展といった今日的課題がブータンを脅かしかねない。押し寄せる物質的恩恵の前に、この国が耐えられるかどうか。情緒面、精神面で人間としての幸せを満喫しているこの国の人々が普通の国になってしまうことは、残念というほかない。著者が最後に投げかける言葉が重くのしかかってくる。
―ややもすれば人間性をないがしろにする傾向がある日本人にとって「それは人間が幸福であることとなんの関係があるのか」と考え直す一つのきっかけになれば、望外の喜びである。
Posted on 08.06.20 by AKAMATSU Masao
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