"小泉引退"に思い出すことの数々《9月26日》

 早朝からどしゃ降りの雨。告示の日が党大会とぶつかったため、行けなかった上郡町議選の応援に。親戚回りや、スポット演説に合流する。

 朝刊で、小泉元首相が引退することを知った。この人らしい引き際にさすがだと思った。あとを息子に託すところは、通俗すぎていささか頂けないが・・・。なにをするのも功罪あい半ばし、光と影がつきまとった人だから、仕方がないとはいえよう。5年間もの在任期間だっただけに、私との間に色々とエピソードがある。何と言っても、私の質疑に対し、意味不明の答弁が返ってきた時(02年5月22日)のことが忘れがたい。私がホームページにこんなことでは、連立離脱も、などと少々オーバーに書いた(同5月28日)ものだから、新聞各紙で大騒ぎになった。これは後に小泉首相から詫びをいれられ、決着をみた。

 また、「小泉政権・季節外れの大雪現象論」を委員会の質疑(同5月9日)の際に直接ぶっつけた。小泉さんの登場によって、自民党の悪いところを、雪を降らしたように覆い尽くしたが、雪は必ず溶ける、と。溶けるともっと汚い状態になる。そういう汚いものを放置せずに川に濁流として押し流させないといけない。その際、土手の氾濫を防ぐ必要がある。それが、安全網を用意することであり、公明党の役割だと訴えてきた。後に、小泉構造改革が格差拡大をもたらしたと言われ、対応策が求められたが、その辺りの懸念を予測していたわけだ。

 首相を辞任されたのち、院内のエレベーター前で会った時のこと。「総理は、運が良かったですね」と皮肉をこめて言うと、「運かぁ。そうかもしれないなぁ」と、やや不満そうな返事が返ってきた。思えば、言いたいことばかりを私は好き勝手にぶっつけた。それでも、この人はぶつけがいがあった。総理経験者は、再度挑戦する気がないなら、早々に引退すべきだと思う。他の人たちも小泉さんに見ならって欲しい。

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