衆議院解散が行われるはずだった30日は、上京をかねて予定していた。が、ものの見事に外れてしまった。その代わりにではないが、正午からは、舛添厚生労働大臣に、肝炎インターフェロン治療の推進を求める申し入れを行った。これは、公明党肝炎対策プロジェクトチームの座長として、メンバーとともに、まとめたもの。
昨年自民党と一緒に、懸命の努力の結果、合意した「肝炎インターフェロン治療の医療費助成制度」。だが、この四月からスタートしたものの、あまり利用者が多くないとのデータが判明した。関係機関における制度の普及啓発や実施主体である都道府県の取り組みの遅れに加え、就業等による治療時間が確保できないことなど、制度の普及・推進を図るうえで、様々な課題が指摘されている。一方で、民主党などからは、自己負担額が高いことが主因だとの批判の声も大きい。そんなことから、今日の運びとなった。
ところで、この大臣に申し入れをするのは、去年の9月12日いらい。あの時は、産科・小児科医療の環境整備に関する要望だった。あの日は午後に、安倍首相が辞任表明をした日。午前中に会った際に、彼が「ひょっとすると、すぐ辞めることになるかもしれない」と言ってたのが印象に残っている。今日の申し入れの前に時間が合ったので、大臣室でこの辺りについて二人だけで短時間、よもやま話をした。あれから、一年あまり。すぐ辞めるどころか、安倍内閣以後、二度に亘る福田内閣、そして麻生内閣と連続して入閣が続いている。またしても政局がらみの日に、申し入れにくることになった巡り合わせを不思議がりながら、あれこれとオフレコ話をやりあった。言えない話ばかりだが、”男はつらいよ”ならぬ”大臣はしんどいよ”だとの心境だけは十分に伺えた。
Posted on 08.10.31 by AKAMATSU Masao
Filed under: 赤松正雄のブログ

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