今日23日は、天皇誕生日。平成天皇は昭和8年、私より一回り上の酉年生まれだから、75歳になられた。”後期高齢者”の仲間入りをされたことになる。明治天皇の御代は45年余、昭和天皇のそれは63年余続いた。ぜひお元気で長生きをされ、曾祖父、父上に迫っていただきたい。
昨夜は、姫路市内の老舗のある企業の幹部たちと懇談した。そこでは、現今の金融危機への対応から、明年の政治・経済の展望などと話題は多岐に及んだが、議論が熱くなったのは、「若者論」。この企業は、今のご時勢にあっても、積極的に支店網を拡大、何よりも人材確保が第一と、幅広く中途採用の試みを展開している。しかし、せっかく採用になっても若い世代にあっては辞めてしまうケースが多いとのこと。経営者は、最近の若者の堪え性のなさを嘆いていた。フリーターをめぐる使用者側の問題点や、政治的課題はむろんのこと、採用される若者自身をどうみるかで話は盛り上がった。
私は、やはり戦後民主主義教育の欠陥としての、モラトリアム人間の増加を指摘せざるをえないと強調した。団塊世代が、学校現場や家庭内で子どもたちをしっかりしつけることをせず、甘やかしてきたことのツケがいま一気に噴出している、とのある種おきまりの結論となった。
そんななかで、”自虐的”史観と”自慢的”史観の相克からそろそろ脱却して、戦前、戦後を通じていいものはいい、悪いものは悪いといった仕分けの確立が必要との思いを改めて実感した。社長からは、国旗を祭日に掲げる習慣を確立して欲しいとの意見を頂いた。思えば、私の子ども時代には、父が必ず国旗を玄関に掲揚したものだ。「そう、天皇誕生日には、掲げなければ」と思ったのだが、考えてみたら、今の我が家に、外に掲げるべき日の丸の旗がないことに気がついた。
Posted on 08.12.24 by AKAMATSU Masao
Filed under: 赤松正雄のブログ

Leave a Reply