ナベツネをチンピラ扱いする"怪物"

 読み進めるうちに、一度読んだことがあるなぁ、との思いが募ってきた。佐野眞一『目と耳と足を鍛える技術』は、明らかに彼が以前に書いた『私の体験的ノンフィクション術』と類似している。それはやはり読者に断るべきで、そうしないのはずるい。自分がこれまで書いてきたノンフィクション作品の解題をしており、全編これ自作品の広告と言えなくもない。もっとも、そうはいっても「この本は、ノンフィクション作家を目指す若い人のためにだけ書かれた入門書ではない。社会を見る目、人間を見る目を養い、歴史観や問題意識を身につけるための本だ」と述べているように、佐野ものが初めての人にとってはこたえられないほどの魅力を持っているのは間違いない。

 中内イサオ(※「工」に「刀」)の「カリスマ」、正力松太郎の「巨怪伝」、宮本常一の「旅する巨人」の”高度経済成長三部作”を書いた背景が語られる。さらに、「世界史的にも例がない1960年代の高度経済成長とは、敗戦によって失われた満州を国内に取り戻す実験」で、「それを実現するため、沖縄を基地としてアメリカに差し出し」た、との仮説を『阿片王―満州の夜と霧』『甘粕正彦乱心の曠野』並びに『沖縄 誰にも書かれたくなかった戦後史』で試みた、と。

 「満州と沖縄」―佐野さんの仮説には、あまり賛同はできないが、「満州」に近代日本の壮大な夢が託されたことは間違いなく、強い関心を持つ。そしていま、「天皇制」と「平成」をテーマにしようとしていて、興味深い。

 ところでこの本は、辛辣な人物評価が時おり顔をだす。「団塊の世代」という言葉が嫌いだという理由は、「名付け親のどこかしらうさんくさいイメージ」にあるとしているのは、堺屋太一氏に対し少々遠慮がち。一方、正力松太郎の怪物性を讃えるあまり、その後継者・渡辺恒雄氏をチンピラ扱いしているのは、どきりとさせられる。「東京ドームの貴賓席で、”大勲位”の中曽根康弘元総理と冷や酒を飲みながら野球観戦し、ほろ酔い気分でスポーツ記者を怒鳴りつける。本人は日本の政界、言論界を牛耳る”ドン″のつもりかも知れないが、こういう人物をふつう”小物”という」などと言い放っているのは只物ではない。ただこれを小気味いいと思うのは・・・。まぁ、只物であろう。

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