薄い新書だが、大変に厚い問題提起を含んだ本に出会った。湯浅誠『反貧困』だ。副題には、「『すべり台社会』からの脱出」とある。
著者は、私が大学を出た年、1969年に生まれている。今年40歳になる新進気鋭の社会運動家だ。26歳頃からホームレス支援活動に取り組み、反貧困ネットワーク事務局長などを経て、昨年末に全国的に話題になった「年越し派遣村」の中心人物でもある。この本で、大佛次郎論壇賞を受賞した。読み終えて今、後世畏るべし、凄い男だと思う。
私の世代は、高度経済成長と共に青春期を過ごし、社会変革の重要な手立てとして、共産主義運動があった。1965年(昭和40年)に慶大入学と同時に創価学会に入った私に、父親が言った言葉が忘れられない。「お前を東京に一人だしたら、共産党に入るか、新興宗教に入るかと心配していたが、もう入ったのか」と、慨嘆された。父親の偉かったのは、「わしの目の届かないところでやるんなら、しょうがない」と、私が信仰への道を歩むことを許してくれたことだ。
あの頃の私の思いは、社会の有りようを、共産主義イデオロギーで変えようとしても、所詮は無理で、人間社会を構成する一人ひとりの宿命を転換する人間革命しかない、ということに尽きた。後に、公明党に入って政治変革にも携わることになったが、宗教は人間の生命力を高めるもので、慈善事業ではないし、個人の幸せと社会の繁栄を一致させるのが公明党の役割だとの理念に深い共鳴を抱いてきた。
先年、NHKの「ワーキングプア」を見て衝撃を受け、昨今の格差社会や貧困の蔓延という事態がなぜ起こったかについて思いをめぐらせた。福祉の充実にひとかたならぬ力を注いできた公明党の人間として、もっと自己革新をしなければ、と焦る思いが募らないと言えば嘘になる。
昔、大学時代には、よく読んだ「世界」も岩波新書も、最近手にするときは、身構えるようになってしまっていることを正直告白する。『反貧困』にはいろいろと教えられた。いちいちあげないが、「日本には貧困があり、そしてそれは『あってはならない』こと。ここまでを認めるのに、右も左もないはずだ」との言葉だけあげておこう。
この本を読んで、昨秋に感銘を受けた堤未果『ルポ 貧困大国アメリカ』を思い起こした。まさに連れ立つかのような日米貧困大国競争を、どこかで止めなければならない。40年前の我が原点を覚醒させられ、複雑な思いを禁じ得ない。
Posted on 09.01.31 by AKAMATSU Masao
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