中谷巌『資本主義はなぜ自壊したのか』に対する評価はかなり分かれよう。平易な文章で、極めて分かりやすく資本主義のいきついた果てとしての“モンスター”ぶりを見事に描いているとの賞賛の言葉が一方にある。他方で、随分と勝手ではないか、経済学者として無責任ではないのか、との批判の言葉もあろう。確かに、著者自身がまえがきで言われるように、「改革」の一翼を担われたものとして、「自戒の念を込めて書かれた『懺悔の書』」だとするならば、「改革」を推し進める本を書いて、利益(出版による収入のこと)を得られて、今度はそれについて、間違っていましたとして、また儲けるというのは、虫が良すぎないか、との言い分もあながち無視できないと思われる。
中谷さんは、この本の前半で、若き日の自分がアメリカにいかにかぶれてしまったか、を克明に描いている。その結果として、「新自由主義」の旗を自分がどれだけ振ってきたか、そして、日本がいまどんなに「貧困大国」になってしまったかを、手を変え品を変えて触れられている。例えば、「働きたくても働けない、働いてもその日を暮らすのがやっとの賃金しか得られない―そんな状況に追い込まれた国民が、この20年で急速に増えてしまった。年収200万円以下の給与所得者が1000万人を超えているというのは、けっして本人の怠慢でも、努力不足でもない。これはグローバル資本主義と、『自己責任』をドグマとする新自由主義思想がもたらした貧困に他ならないのである」、と。このように随所で「貧国」の実態を切々と描いておられる。こうした事態をもたらした責任を、新自由主義を礼賛した経済学者として感じていないはずがない。
ならば、是非とも、その責任をなんらかの形で補われる必要がある。この本の印税を貧しい青年たちが立ち上がるための基金にでも提供されるとよいのではなかろうか。このような夢想とでもいうべきことを、この本を読み終えてつい考えてしまった。
政治家の責任を棚上げして妙な方向に話が展開していってしまったが、勿論、「貧国」へのセーフティネットのしくみをつくりえていない現実への私自身の内心に忸怩たる思いはある。
ともあれ、一般の経済に関する書物とは装いを異にしており、幾冊もの教養書をさまざまな形で引用されたり、ブータンとキューバの実際を克明に記されるなど、実に読みものとして面白い。
Posted on 09.02.21 by AKAMATSU Masao
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