『蟹工船』ブームを深いところで読み解く

 小林多喜二『蟹工船』をかつて映画でみた時、そして『党生活者』を読んだ頃の暗い陰欝な気分は思い起こしたくない。いま世界同時不況が忍び寄り、大失業時代に突入しようというなかで、小林多喜二=共産党にスポットライトが当たるのは、時代逆行も甚だしいと私には思われる。

 こうした思いを持っていたところに、佐藤優『テロリズムの罠 左巻』を読んだ(この本は、『テロリズムの罠 右巻』とあわせ、新自由主義がはらむ問題を解き明かそうとするもの)。このうち「『蟹工船』異論」の章は、実に明解に『蟹工船』ブームの本質をついており、面白い。著者は、まず、「この小説がリアリズムとしてとらえられていることに強い違和感を持つ」と共に、「近代以前の勧善懲悪物語だ」としている。

 彼の鋭いところは、この作品の三年前に公刊された葉山嘉樹『海に生くる人々』との徹した比較を試みている点。同じプロレタリア文学作家で、マルクス主義者だが、葉山の方が小林よりもはるかに強い影響を与えたとのこと。寡聞にして知らなかったのだが、佐藤優氏は、この辺りについて縦横無尽に読み解き、小気味いい。

 結論として、『蟹工船』が「ソ連や共産党を信じることで労働者の解放をうたった救済の文学である」のに対し、『海に生くる人々』は「資本主義の現実認識するための文学だ」、との比較はわかりやすい。「ソ連や共産党など、いつわりの救済手段ではなく、資本主義がなんであるか、その現実を見極めようとする葉山嘉樹のプロレタリア文学に光があたるとき、日本の社会の内側から、変化が始まることになる」として、「認識の闘争」こそが課題であるとしているのは興味深い。

 もっとも、葉山のものを全く読んだことがないだけに、にわかに首肯できないが、『蟹工船』のみにしか日が当たっていない現実に対し異論を唱えているのは鋭い。ただ、『蟹工船』について佐藤氏は、『野蛮人のテーブルマナー 「諜報的生活」の技術』のなかでとりあげている(筆坂秀世氏との対談)のに、まったく、『海に生くる人々』にはふれていない。第1章の「佐藤優式インテリジェンス読書術」をはじめ、これはこれで滅法面白いのだが、一冊の本の読み方においても多面的な見方をわざわざ別々に提示するのは、さすが、異才、奇才の人といわれるだけのことはある。

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