“老兵”は消えるどころかますます盛ん《4月20日》

 全国水土里ネット会長、立命館大学客員教授、平安女学院大学客員教授、重度身体障害者療護・授産施設社会福祉法人京都太陽の園理事長―名刺の裏にずらっと書かれていた。いわゆる今の肩書きである。誰あろう、この人は、元官房長官にして自民党幹事長・野中廣務氏である。20日夜、赤羽かずよし代議士のパーティーのメインゲストとして来て頂き、50分の講演を聞かせて頂いた。

 含蓄ある中身に様々な意味で感銘を受けた。ひとつは、麻生政権批判だけでなく今の政治全般に対する憂い。二つは、小沢民主党批判。三つは、小泉構造改革批判。要するにすべてなでぎりなのだが、それでいて、与党公明党の中核・赤羽氏を褒め称え、限りなくその未来に期待するという礼節をわきまえた(?)不思議な魅力に溢れた講演であった。

 今から8年前の4月13日に私の出版パーティーに来て頂いた。その日は忘れもしない、自民党総裁選告示日。“小泉純一郎対橋本龍太郎”の戦いの幕開けの日だった。徹底的に小泉氏をこきおろされた話が印象に残る。あれから8年がたち、「我が見立てが正しかった」と言われる野中氏の話は強い執念のこもったものだった。ただ、安全保障分野に関しては、海賊対策への批判やら、北朝鮮のテポドン発射への政権の対応を過剰反応と決めつけられたあたり、公明党外交安全保障調査会長として、いささか認めがたいところはあった。が、強い印象を受けたのは、ご自身の歩んでこられた足跡への強い責任感だ。阪神淡路大震災の当時の国家公安委員長兼自治相として、その危機管理の弱さを恥じられ、あの日いらい毎年1月17日の午後3時に会場を訪れておられると言う。メインの式典の時間帯を外しておられるというのが、心憎い。関係者に及ぶ迷惑を配慮してとの事だ。バッジを外した“老兵”だから、政局を語る資格はないといいつつ、縦横無尽の切り口には、はるか後輩の身として、まことに参考になった。

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