臓器移植法(1997年10月施行)の改正をめぐっての動きが急を告げている。これは、現行法が、脳死となった本人が生前に書面(いわゆるドナーカード)で提供の意思を残していることに加え、さらに本人の遺族が同意して初めて、提供が可能になる。このような二重の条件を課しているのは、世界中でも日本の臓器移植法だけといわれる。このため、海外で移植手術を願う人が後を絶たない。ところが、このたび海外での手術に対し自粛が求められることに。このため、現行法をこの際に見直そうということで、三つの改正案が出されようとしている。先週末には党内で政務調査会がもたれ、3案の比較をしながらの勉強を行った。
A案は、1)脳死になった人は、臓器提供をしない場合でも、死亡とみなされる 2)臓器提供の年齢制限を撤廃し、いわゆる小児(15歳未満)の臓器提供も可能になる 3)本人が生前に提供の意思表示をしていなくても、拒否していない限り、家族の同意だけで提供できる―というもので、臓器提供の増加が最も見込まれ、移植患者団体や日本移植学会、日本医師会が支持している。B案は、臓器提供をできる年齢を「12歳以上」に3歳分引き下げたことが、現行法との違い。C案は、現在の脳死判定をさらに厳しくし、「脳全体のすべての機能が不可逆的に喪失した状態」と定義、新たに「脳血流と脳代謝の停止」をチェックすることを追加している。
現行法が制定される時も、党議拘束が外され、個人の判断で投票がなされた。私は当時、臓器移植そのものに反対の立場から、その時点でだされた二案ともに反対した。この考えは今日の勉強会に出た後も基本的には変わらない。脳死であれ、なんであれ、人の死を待ち望み、その臓器を貰うことによって生きながらえるということを容認する方向は危険ではないか。人の死によって得られる臓器があれば、もう一つの生が助かるということに目を向けるよりも、生死観を育てることの方が大切ではないかと思う。
Posted on 09.04.27 by AKAMATSU Masao
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