「どして、神戸」に初めての災禍が次々と《5月28日》

 週の半ばはこのところ連日、中野区の都政報告会に出席させていただいている。中野区は私にとって、第二の故郷。昭和40年に上京し、中野区鷺宮に下宿していらい、合計約20年にわたって住んだ懐かしい地域だ。この地の都議会議員は公明新聞時代の後輩であった高倉良生氏。今回二期目の挑戦だ。様々な後輩を知っているが、彼は特筆すべきパワーを持った好漢だと強く確信している。誠実で素直で根性があり、なによりも生命が安定している、つまり生き方にぶれがない男だ。あの阪神淡路の震災に取材に行って、早い段階で記者の仕事をしながら、ボランティアにも身を投じて、被災者の救済に当ったというのはいかにも彼らしい。また、東京マラソンにほぼ毎年参加し、完走しているというのも並ではない。地元の中野区長も一緒に走ったという。その区長が自身の宣伝も兼ねて、彼の体力と根性を持ち上げていた。これは大いに各会場で受けていたが、むべなるかなと思う。

 週末に兵庫の各地を飛び、週半ばに東京・中野を歩いていると、都市と郊外、過密地域と田園・過疎地域など都市比較をあれこれとしたくなる。そんななかで、どうして兵庫なかんずく神戸が、地震から新型インフルエンザに至る様々な災禍に次々と襲われるのか、との思いがよぎる。その悲惨さ、異常さなど他に類例をみないような救いのないものが多い、しかも日本でまっ先に起こるように思われるのは、どうしてか。「被害者意識が強すぎる」、「どこだって起こってるではないか」との声が聞こえてきそうだ。現に県知事は「兵庫は日本の縮図」、だから「(対策において)先駆を切っている」のを評価してほしいというのだが、それだけですまされていいのだろうか。ともあれ、こうした事態をはねのける強い意思と不屈の闘志が地域住民に求められている。加えて、その地のリーダーたちの“運”というものも無視できないような気がしてならない。

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