黒田官兵衛と大鳥圭介を取り違えた失敗《7月9日》

 今日も国会周辺での行事の合間を縫って、都議選支援のために荒川区に入った。大学に入るために初めて上京してから44年が経つが、荒川区には都議選の応援で行くぐらいしか、あまり足を踏み入れた記憶がない。東京・山の手の人間からするとどうしても縁遠くなりがち。定数2で唯一の議席を獲得し続ける鈴木かんたろう候補とは、公明新聞時代一緒に机を並べた仲。なんとしてでも勝たせたい候補だ。高校時代の後輩が二人と元某高級官僚の同郷の先輩がこの区に住んでいるので、企業訪問の合間に足を運ぶことにした。昼間とあって、留守を覚悟していたが、幸いにもお目当ての後輩の弟(但し未成年)が在宅しており、いろいろと会話をすることができた。必ずや、何らかの実を結ぶことを確信して、マンションを後にした。

 夕刻は、播磨地域の首長さんたちが上京しての恒例の予算要望会。例年のことながら、7市8町の市長や町長からあの町この町の道路整備を中心にした要望を聴いた。一通り聴いた後に地元選出の国会議員から挨拶をする機会があり、私も他の議員と同様に要望実現に努力をすることを約した。ただ、その際に、たまたま私が読んだ本の話をしてみた。青山やすし元東京都副知事の『痛恨の江戸東京史』のなかで、大鳥圭介のことが赤穂の出身と書いてあったものの、それは厳密に言うと上郡の誤りであること、榎本武揚や土方歳三と並んで五稜郭の闘いに参加し、後に明治の国家作りに参画した人物でありながら、あまり知られていないのは残念であることなどを述べ、こうした郷土の生み出した著名人を宣揚することの重要性を訴えた。

 ところがこれがいけなかった。というのは、姫路市は今黒田官兵衛をNHKの大河ドラマに登場させようと躍起になっているのに、「何を今頃、大鳥圭介か」というわけだ。早速、会が終わるや、市長らからブーイングが出た。こちらは、そこまで気が回らなかったに過ぎないのだが、市長らは納得してくれない。いやはや、あまり思いつきでものを言ってはいけないことを改めて痛感したしだい。

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