ポルノもどきのSF小説?!―『1Q84』余聞(上)

 衆議院選挙が終わって40日余り。怪我をした傷口がようやく癒えかけた時のように、おそるおそるではあるが読書録を書く気持ちになってきた。長かった。解散から投票日までとほぼ同じくらいの時間が必要だったのは不思議だ。この間に読んだのは、山崎豊子『運命の人』全四巻と村上春樹『1Q84』上下の合計6冊。共に話題作だが、事実に基づいたノンフィクション小説と、極めて分かりづらいポルノもどきのSF小説(私の評価)という組合せとなった。まずは、後者から。

 村上春樹さんは、ノーベル文学賞を受賞するのは時間の問題と言われているように、過去から今にかけて最も外国で読まれている日本人作家だ。今まで幾度かその作品に挑戦しようとしたが、いつも挫折。まともに読んだと言えるのは、『走ることについて語るときに僕の語ること』ぐらい。全く興味が湧いてこなかった。それがこの度は違った。選挙があるとかないとか言っていた、この5月に刊行されて以来驚異的な売れ行き。これでは放置するわけにもいかず、ようやくほとぼりも冷めた頃になって手にしたしだい。

 これについては、いろんな方々が新聞・雑誌で論評しているので、今更どうこう言うのも気が引けるが、読み終えていかにも後味がすっきりしない。要するに訳が分からないものを目にした、と言うのが正直な気分。村上春樹さんの常連の読者には怒られるか、馬鹿にされようが、こんな小説をしたり顔で評論する人は、人種が違うと言うほかない。そう、人種が違うと言ってみて初めて気付いたが、現代日本人離れした作風なのだ。

 それにしても、12音階すべての長調・短調を用いた24曲ずつ二巻という「バッハの『平均律クラヴィーア曲集』がフォーマット」だと言って、男女二人の主人公が交互に登場して全部で24章からなっていると言うことに代表されるように、作者としては考えに考え抜いた構成なのに違いない。

(つづく)

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