この小説は、ジョージ・オーウエルの『1984』が意識されている。コミュニズムが内包する恐怖の未来社会を描いた『1984』の向こうを張って、『1Q84』では、「個人とシステムの対立」を描いたとの、注釈を聞く。現にこの本には「連合赤軍」や「オウム」とおぼしき組織やら「ヤマギシ会」に酷似した集団やら、そのリーダーであった新島淳良さん(故人=元早稲田大学教授)のような人物も登場してくる。かつてこの人の「中国論」を読み、原稿依頼をしたこともあるだけに、妙にそのくだりのみ実在感を持って迫ってくる。
なんだかんだと言いながら、二冊とも読んでしまったのだから、私が凄いのか、作者が偉いのかのどっちかだろう。
どうにもわりきれぬ思いで書店で偶然みつけた『村上春樹「1Q84」をどう読むか』を買い求めてしまった。35人の評論家や各界の研究者たちがあれこれ書いている。河出書房新社のものだから、受け狙いの通俗解説本ではない。拾い読みして驚いた後に、落ち込んだ。加藤典洋さんの「桁違いのスケールの『世界文学』」に始まり、一編を除いてすべて礼賛しているからだ。唯一共感できたのは、大森望と豊崎由美の「対談『1Q84』メッタ斬り!」。これは実に普通の感性で書かれていると私的には思え、ほっとした。この二人のものは、『文学賞メッタ斬り!』でも、大いに溜飲を下げたものだが、はちゃめちゃに面白い。
で、結局は私はこの本の奥深さが何も分かっていないのだが、ご本人が著者インタビューで、『1Q84』に破壊的な力を持つ「リトル・ピープル」という不思議な存在について問われて、「リトル・ピープルがどういうものか、善か悪か、それは分からないけど」と言ったのちに「まず、『リトル・ピープルとは何か』を見定めなくてはならない。それが僕のやっている作業です」ときた(毎日新聞9月17日付)。うーん、作者も分からぬまま書いていることが、こっちに分かるはずがないではないか。
(この項おわり)
Posted on 09.10.14 by AKAMATSU Masao
Filed under: 赤松正雄の読書録ブログ

Leave a Reply