「壊れたレコード」のごとく「天下り」の珍定義を繰り返す《11月27日》

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 有権者の皆さんとの対話の中で、厳しい批判の対象になってきたのが「天下り」に対するもの。前政権においても、「天下り」を根絶するために、「官民人材交流センター」によるあっせんなど新たな道筋をつけてきた。民主党は野党時代にこのあたり徹底して追及をしてきたくせに、立場が代わると、一転途端におかしげなことをして、恬として恥じないのは極めて疑問だ。 

 おかしげなことの最たるものは、日本郵政の新社長に元大蔵事務次官の斉藤次郎氏を、新人事院総裁に前厚生労働事務次官の江利川毅氏を起用したこと。あまりに露骨なやり方にはあきれ果てる。昨日の衆院本会議で質問にたった野党の追及に、平野博文官房長官の答弁は、自ら「壊れたレコードのようでございますが」と断りながら、政府の新たな定義をひたすら繰り返した。本来レコードは同じことを繰り返すもの、それを「壊れた」と形容するあたり、この人は正直なのかもしれないが、馬脚を現した格好だ。

 要するに、民主党政府の定義によると、天下りとは、府省庁が退職後の職員を企業、団体に再就職させることをいい、わたりとは、それを繰り返すことだという。各大臣らが適材適所の観点から能力ある人材を起用するのは、それらに当らないというわけだ。これは「苦しい釈明」以外の何物でもない。

 この定義によると、先に天下って既に府省庁を離れている官僚OBが、別の官僚OBを後任に呼び寄せたりした場合は天下りに該当しないことになる。野党時代に長妻昭氏などは「中央省庁の関与がなくとも、OB間で誘って数珠つなぎで天下っていく」と批判していたのはどういいわけするのか。

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