跡無き工夫か、跡を作る工夫か―元首相の生き方

 総理大臣を経験されたら国会議員は辞められるべきです―親しくさせていただいた某元首相に対して酒席の場とはいえ、かつてこう述べたことがある。礼儀を欠いた発言との自覚はあるものの、我慢できずに言ってしまった。過去に潔くそれを実行した人と言えば、細川護煕さん。この人は、私の初当選直後に首相に選ばれた人であり、まさにポスト自民党単独政権の連立八会派による“担がれ人”だけに忘れ難い。

 この細川さんが『跡無き工夫―削ぎ落とした生き方』なる本を出版された。一読、複雑な思いに駆られた。これはタイトルと違って文人政治家としての「跡を作る工夫―華麗なる生き方」ではないか、と。一般の人と違って現役政治家が読むと、闘う気力を削がれそうになってしまう、という意味で“危険な書”でもある。細川さんの現役時代に、3回ほど食事を共にさせていただいたことがある。一度は、私と仲間の議員の50歳の誕生日祝いをしてくださった。細かい心遣いに深く感謝をしたものだ。この本を読む前から、作陶に没頭しておられる姿や、NHKの深夜番組でヒルティの「幸福論」について語られたりされる声を拝見、拝聴して、じっとしておられないのだな、と感じてきた。

 「長年憧れ続けた晴耕雨読生活」を披露され、農作業の傍ら、絵を描き、書の道にいかに取り組んでいるか、その草庵でのすばらしき日常ぶりを明かされている。位を窮めきったあとの生き方は難しいもの。細川さんのような文人ぶりをさらに追及する人は政治家では珍しい。その点、この本は興味尽きることなく、読み応え十分。モノに執着せず、徹してココロにまつわるものにかかわりをもたれる―文人として「跡を作る工夫」だと読めなくもない。

 今から16年前に政治家になったばかりの私たちに、壮大な夢を抱かせてくれながら、あっさりとその座を捨てられた。この書で吐露されているようなことが背景にあったのなら、ある種許せない思いに駆られる。やはり、冒頭の元総理のごとく、その座をおりても現役でボロボロになって、国家・国民に応えたいと言う方が格好は悪いが“政治家の跡”としては普通だろう。どちらが自分好みかと問われれば・・・。それはまた別。あえてここでは言わないでおく。

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