核拡散の論理と非核国家の感情

 原稿の執筆が滞って先が見えなくなるたびに、核拡散の研究は欧米や中ロの研究者たちに任せ、自分の研究対象をほかのテーマにシフトしたくなった―『核拡散の論理』の著者・岩田修一郎防衛大教授は、こうあとがきに書いている。しかし、飽きずに作業を続けたのは、「核拡散の研究にパズルを解くような面白さを感じていたからだ」と述べている。

 北朝鮮、イラン、テロリスト…なぜ、かれらは核兵器を持ちたがるのか?この問いかけは著者の執筆の動機であり、同時に私たち読者最大の関心事でもある。答えは、明白だ。国際社会にあって最も手軽に存在感が得られるグッズは他にないからである。北朝鮮やイランやパキスタンなどが核兵器を持とうとしなければ、今ほど世界で注目はされまい。失礼ながら単なる発展途上の地域国家に過ぎないといえよう。それが核兵器を保有する意思を見え隠れにしだした途端、一気に注目度が違ってくる。この現代国家の自意識を嫌がおうにも高める役割を果たす不思議なものが核兵器だ。この本は分かっている答えを更に解きほぐす努力をしてくれている。

 核兵器問題に造詣の深い日経の記者から「面白いですよ」と勧められた。以前に読んだ『イランの核問題』(2月13日付け読書録ブログ)とかなり似通った構成内容であったのに、最後まで読んだのは、パズル解きの面白さが圧倒的にこちらの方が強かったからだ。この種の本はしばしば難解な書きぶりで読者を遠ざけがちだが、これはかなり平易に読み勧めさせてくれる。ただ、読み終えて募るのは、「非核国家の論理」を構築することの大事さだ。世界で唯一の被爆国家として、感情面からの主張はつとに強調されがち。しかし、問題は感情よりも冷静な論理の展開であるといえよう。


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